構造図
増える社会では標準モデルが成立しやすい
人口、雇用、所得が同じ方向へ伸びると、個人の人生にも共有された標準経路が生まれます。
「昔の日本は豊かだった」
「失われた30年で、日本は衰退した」
「株価が上がっているのだから、日本経済は復活した」
「人口が減っても、技術革新があれば問題ない」
現在の日本については、さまざまな説明があります。そのどれにも、一部の真実が含まれています。しかし、戦後80年を超える変化を、一つの数字や一つの原因だけで説明することはできません。
この連載では、日本の変化を四つの局面に分けます。
増やすことができた日本。守ろうとした日本。減っていく日本。そして、何を残すか選ばなければならない日本。
これは、過去を称賛し、現在を悲観するための区分ではありません。人口、企業、家計、制度に与えられた条件が変われば、合理的な行動も変わります。その結果として、日本社会の性格がどう変化したのかを考えるための見取り図です。
第一回では、足りないものを増やすことが成長につながった時代を考えます。
焼け跡から始まった「追いつく成長」
戦後の日本には、住宅、道路、工場、家電、社会保障など、足りないものが数多くありました。必要なものが明確で、それをつくれば需要が生まれる社会です。
海外ですでに実用化されている技術を導入し、改良し、大量生産する。農村から都市へ労働力が移動し、教育を受けた若者が工場や企業へ入る。企業が設備投資を行い、生産性と賃金が上がり、家計が新しい商品を買う。
内閣府の長期比較資料では、1956~1970年度の平均実質成長率は9.6%で、1976~1990年度の4.1%、1991~2003年度の1.3%を大きく上回ります。高度成長は、後の時代と同じ条件のもとで努力だけが増えた結果ではなく、資本、労働、技術、需要が同時に拡大した局面でした。
この循環では、投資が次の需要を生みました。
- 道路をつくれば自動車が必要になる
- 住宅を建てれば家具と家電が売れる
- 工場を増やせば雇用と所得が増える
- 所得が増えれば消費が増える
- 消費が増えれば、企業はさらに投資できる
成長の理由は、日本人が特別に勤勉だったことだけではありません。若い人口、技術の導入余地、世界貿易の拡大、教育、企業金融、政府のインフラ投資など、複数の条件が同時に働きました。総務省統計局がまとめた国勢調査100年の記録にも、農村から都市・工業地域への人口移動、サラリーマンや工場労働者の増加、郊外の団地・ニュータウンの形成が記録されています。
人口ボーナスが社会を押した
高度成長期の日本では、働く世代が増え、扶養される子どもと高齢者の比率が相対的に低下しました。国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」の年齢構成と従属人口指数の長期統計からも、この変化を確認できます。多数の若者が生産者であると同時に、住宅、家電、自動車、教育を必要とする消費者になりました。
人口が増える社会では、昨日と同じ仕組みを拡張するだけでも成果が出やすくなります。学校が足りなければ建てる。住宅が足りなければ郊外を開発する。鉄道を延ばせば新しい街ができる。
将来の利用者が増えると予想できるため、長期投資もしやすくなります。企業も家計も政府も、「来年は今年より大きくなる」という前提を共有できました。
1948年生まれの人生――上昇する標準モデル
1947年から1949年に生まれた世代は、団塊の世代と呼ばれます。1948年生まれの一人を想像してみます。
幼少期の日本はまだ貧しくても、成長率は高い。進学率が上がり、地方から都市へ移り、1960年代後半に就職する。文部科学省「学校基本調査」の年次統計には、調査開始以降の進学率と卒業後の就職状況が収録されています。企業は人手を求め、若い労働者を長期雇用の内部へ取り込みます。
20代で就職し、結婚し、30代で住宅を取得し、勤続とともに賃金が上がる。子どもの教育費を払い、定年まで同じ企業や同じ職業で働く。
もちろん、すべての人がこの人生を送れたわけではありません。自営業者、農林漁業者、非正規労働者、専業主婦、病気や障害のある人など、多様な人生がありました。それでも、社会の「標準」として提示された人生像には、経済成長と人口増加という追い風がありました。
努力すれば必ず報われたのではありません。しかし、社会全体が拡大していたため、個人の努力が上昇へ結びつく確率は、後の時代より高かったと考えられます。
「一億総中流」とフローの社会
高度成長から安定成長期にかけて、現在保有している資産の大きさよりも、毎年増えていく所得、つまりフローへの期待が生活を支えました。
若い時点で資産が少なくても、賃金が上がり、退職金があり、住宅価格も長期では上がると考えられる。将来所得への信頼があれば、ローンを組み、子どもを育て、耐久消費財を買えます。
「一億総中流」は、全員の所得と資産が同じだったことを意味しません。現実には格差も貧困もありました。それでも、多数の人が自分を中間層だと認識できた背景には、他者との絶対差より、昨日の自分より生活が改善しているという感覚がありました。
成功の延長にバブルが生まれた
1980年代後半のバブルは、突然現れた集団的狂気だけではありません。戦後の成功体験、土地価格への信頼、金融自由化、低金利、融資競争、企業と金融機関の株式持ち合いなどが重なりました。日本銀行金融研究所による検証も、資産価格、金融政策、期待の強気化、金融機関行動を含む複数の要因から当時の経験を分析しています。
土地や株式の価格が上がれば、担保価値が上がり、さらに借りられる。借りた資金が新しい資産購入へ向かい、価格を押し上げる。値上がりが値上がりの根拠になる循環です。
成長社会では、過去の成功を将来へ延長することが合理的に見えます。問題は、実体的な収益や利用価値を超えて、資産価格と信用だけが膨張したことでした。
足りないものを増やすことで成長した社会は、やがて、増えた資産と信用が失われることを恐れる社会へ移ります。
主な参考資料
- 内閣府「わが国経済・社会の構造変化の『実像』把握(参考資料)」――高度成長期以降の実質成長率の長期比較
- 内閣府経済社会総合研究所「国民経済計算(GDP統計)」――GDP、設備投資、所得などの基礎統計
- 国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集(2024年版)」――年齢構成、従属人口指数、人口ピラミッド
- 総務省統計局「国勢調査100年のあゆみ」――都市化、職業構造、住宅地形成の変化
- 文部科学省「学校基本調査」――進学率と卒業後の就職状況の長期統計
- 日本銀行金融研究所「資産価格バブル、物価の安定と金融政策:日本の経験」――1980年代後半の資産価格バブル

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