前稿では、企業、銀行、家計、労働者、政策担当者が、それぞれの損失を避けようとした結果、社会全体の停滞が固定される仕組みを「悪意なき保身」と呼びました。
この概念は、私にはかなり有用に思えます。失われた30年を、誰か一人の無能や悪意ではなく、合理的な防御の積み重ねとして眺め直せるからです。
しかし、便利な説明ほど慎重に扱わなければなりません。投資しない企業も保身、旧来事業へ投資する企業も保身、支援する政府も保身、支援を打ち切る政府も保身――そのように何でも説明できるなら、実際には何も説明していないのと同じです。
そこで本稿では、この概念を捨てるのではなく、どこまで使えるのかを検査します。中心となる問いは、「失われた30年のすべてを説明できるか」ではありません。
「悪意なき保身」は、どの局面を、どの条件のもとで、他の説明よりよく理解させるのか。
この概念が説明するのは「発生」より「長期化」である
日本の長期停滞には、バブルの崩壊、資産価格の下落、不良債権、デフレ、人口構造の変化、グローバル化、産業構造と技術の変化など、異なる原因と時期が含まれます。「悪意なき保身」だけで、これらの発生原因を説明することはできません。
この概念が最も力を持つのは、危機の後です。
なぜ、危機に対する一時的な防御が、平時の標準動作になったのか。なぜ、財務が改善しても投資と賃金が抑えられたのか。なぜ、問題が見えていても、既存の企業、雇用、融資、制度から資金と人が移りにくかったのか。
つまり、説明対象は「なぜバブルが崩壊したか」より、「なぜ危機後の調整と再配置に長い時間がかかったか」です。原因の全部ではなく、停滞を持続させた中間的な仕組みを捉える概念だと位置づけた方が、射程は明確になります。
「悪意なき」と「保身」を定義し直す
まず、「悪意なき」は善意があるという意味ではありません。社会を傷つけること自体を目的にしていない、という限定です。結果を予見できたか、修正する責任があったかは、別に問わなければなりません。
また、「保身」は臆病さや卑怯さという性格評価ではありません。現在の制度と評価基準のもとで、具体的な損失を避け、既存の地位、資産、雇用、取引関係を守ろうとする行動を指します。
そのうえで、少なくとも次の四条件がそろう場合に、この言葉を使うことにします。
- 守る対象が特定できる。 地位、雇用、資産、取引関係、組織の存続など、失いたくないものが具体的にある。
- その選択に局所的な合理性がある。 現在の情報と誘因のもとで、本人や組織にとって損失回避になる。
- 費用の一部が外へ移る。 若者、新規参入者、非正規労働者、納税者、将来世代など、意思決定の外側に負担が及ぶ。
- 同種の選択が重なり、適応を遅らせる。 投資、移動、退出、参入、制度変更が社会全体で弱くなる。
単に慎重であるだけなら、通常のリスク管理です。守る対象も費用の転嫁も特定できず、集積した結果も示せないなら、「悪意なき保身」と呼ぶ必要はありません。
説明力が高すぎる危険
この概念の最大の弱点は、結論を見た後で、どの行動にも貼り付けられることです。
たとえば、企業が投資を減らせば「現金を守る保身」と説明できます。しかし、既存事業へ大型投資をして失敗しても、「過去の成功と組織を守る保身」と説明できてしまいます。銀行が融資を絞っても、問題企業への融資を続けても、どちらも損失回避と呼べます。
これを避けるには、結果を見る前に、次の点を定める必要があります。
- 誰が、何を失うことを恐れているのか
- どの選択肢と比べて、その行動が安全なのか
- その安全の費用を誰が負担するのか
- どの条件が変われば、行動も変わるはずなのか
最後の点が重要です。損失を小さくする制度、退出後に移れる労働市場、現状維持の費用を示す情報が整っても行動が変わらないなら、保身以外の説明を探すべきでしょう。
すべての主体を同じ重さで並べてはいけない
「企業も銀行も家計も政府も自分を守った」と並べると、全員に同じ責任があるように聞こえます。しかし、意思決定の力も、情報も、費用を外へ移す能力も同じではありません。
一つの家計が将来不安から消費を控えても、雇用制度や社会保障を変えることはできません。一方、大企業、金融機関、政府には、資金配分や制度設計を通じて、他者の選択肢を変える力があります。既存組織の内部を守る決定が、採用されなかった若者や参入できなかった企業に費用を移しても、その費用は組織の会計に現れないことがあります。
したがって、重要なのは「全員が保身した」という水平的な物語だけではありません。
誰が現状を守る決定を下し、誰がその決定に従うしかなく、誰に費用が移ったのか。
権力差を無視すれば、構造を説明する言葉が、かえって責任を薄める言葉になります。「悪意がない」と「責任が等しい」は、まったく別のことです。
危機対応の合理性は、いつ停滞へ変わったのか
もう一つの難しさは、どこからが過剰な保身なのかを、暦の上で一線に区切れないことです。
危機の直後に融資先を選別し、現金を厚くし、倒産と失業を抑えることには実際の便益があります。連鎖倒産、金融恐慌、生活基盤の崩壊を避けたことまで、「停滞の原因」として否定するのは不適切です。
転換点は、何年何月というより、条件と検証の有無で考えるべきでしょう。
- 当初の危機が弱まっても、同じ防御が続いている
- 支援や例外措置に、終了条件と再審査がない
- 守る便益より、参入、移動、投資を妨げる費用が大きくなっている
- 費用が意思決定者の外側に蓄積している
危機対応が悪いのではありません。危機対応が成功した後も、その成功ゆえに解除できなくなることが問題です。最初は合理的だった制度が、環境の変化を受けても残り続ける。その時間的な変質こそ、この概念が捉えようとするものです。
この枠組みに収まらない原因
長期停滞の原因のうち、「悪意なき保身」では捉えにくいものもあります。
- 人口と技術の変化。 生産年齢人口の減少や技術革新の波は、各主体の保身とは独立して起こり得る。
- 国際環境。 新興国の成長、交易条件、為替、地政学などは、国内の損失回避だけでは説明できない。
- 知識と能力の不足。 守ろうとして選ばなかったのではなく、変化を認識できなかった、実行能力がなかった場合がある。
- 単純な政策判断の誤り。 代替案の情報があり、外部費用を承知したうえで誤った場合まで、保身に還元する必要はない。
- 意図的な利益誘導や違法行為。 私益のために他者へ損害を与える意図があるなら、そもそも「悪意なき」という範囲から外れる。
一つの概念に入らない原因を残しておくことは、説明の弱さではありません。むしろ、何を説明しないかを明示することで、概念が本当に有効な場面を見つけやすくなります。
保身が破れた三つの事例
このモデルを検査するには、慎重な行動が続いた例だけでなく、行動が変わった例を見なければなりません。日本の経験には、少なくとも三つの型があります。
不良債権処理――期限と検査が先送りを難しくした
金融機関には、不良債権を早く認識すれば損失と責任が表面化する一方、処理を遅らせれば当面の安定を守れるという誘因がありました。
しかし、金融庁の2002年の金融再生プログラムは、主要行の不良債権比率を2004年度までに半減させる目標と、資産査定の厳格化を掲げました。その後、金融庁がまとめた金融行政の歩みでは、2005年に半減目標を達成したと整理されています。
重要なのは、金融機関の担当者が突然、社会全体のために自己犠牲的になったことではありません。外部からの検査、期限、数値目標によって、先送りの方が安全だという条件が変わったことです。もっとも、処理の過程に費用がなかったわけではなく、すべての金融問題がそこで解決したわけでもありません。
企業統治改革――現状維持の費用を見えるようにした
企業の現金保有や低収益事業の継続には、危機への備えや雇用維持という理由があります。一方、その費用は、実行されなかった投資や低い資本効率という反実仮想に隠れ、見えにくいものでした。
金融庁が整理する企業統治改革では、2015年のコーポレートガバナンス・コード導入後、持続的成長と中長期的な企業価値向上を促す枠組みが整備されてきました。さらに東京証券取引所は2023年、上場会社に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請し、資本コストと収益性の分析、改善計画の開示と更新を求めました。
これは法律による一律の投資命令ではありません。市場規律と開示を通じて、何もしないことにも説明責任を生じさせた点に意味があります。現状維持の費用が見えるほど、「変えない方が安全」という計算は揺らぎます。
賃上げ――人手不足と物価が従来の計算を変えた
長く続いた賃金抑制も、固定的な国民性では説明できません。企業にとって、需要と物価が動かず、人材の流出も限られる環境では、賃上げを先に行う費用が目立ちました。
日本銀行は2024年の講演で、輸入物価上昇を起点とする物価変化と構造的な人手不足のもと、企業の価格設定と賃金設定が変化していると整理しています。また、2025年の講演では、人手不足、労働移動、省力化投資を、賃金と生産性をめぐる変化の一部として論じています。
ここでも、企業が急に利他的になったのではありません。人材を確保できない費用、離職の費用、価格転嫁の可能性が変わり、賃上げを避ける方が安全とは限らなくなったのです。ただし、賃上げの広がりや持続性には企業規模や業種による差があり、外的ショックと金融政策を含む複数の要因が作用しています。
保身が破れる三つの条件
三つの事例から、保身を道徳的に批判するだけではない出口が見えてきます。
- 外からの制度的な拘束。 検査、期限、開示、市場ルールなどが、先送りを最も安全な選択ではなくする。
- 現状維持の費用の可視化。 資本コスト、離職、設備劣化、将来負担など、「何もしなかった損失」を意思決定に入れる。
- 資源制約の変化。 人手、資金、顧客、原材料が希少になり、従来の関係や事業を守り続ける費用が上がる。
この見方に立てば、政策の中心は「もっと勇気を持て」という説教ではありません。最初に動く主体だけが損をしないようリスクを分け、移動や退出の後に生活と技能を再建できるようにし、支援には終了条件を設けることです。
守るべきなのは、すべての組織と関係を同じ形で残すことではありません。人の生活と移行可能性を守りながら、組織と資源配分は変えられるようにする。それが、保身の合理性を弱める制度設計になります。
この説明を退ける条件
概念を反証可能にするため、少なくとも次の場合には「悪意なき保身」という説明を弱めるか、退けるべきです。
- 失敗時の損失や移動の不安を小さくしても、行動が変わらない
- 守るべき地位や資産を持たない主体にも、同じ行動が同じ強さで現れる
- 外部へ移された費用が確認できず、慎重さの社会的便益が費用を上回る
- 制度、産業、時期の違いを比べたとき、技術、人口、需要など別の要因の方が行動差をよく説明する
- 行動が変わった時期と、想定した誘因の変化が一致しない
実証では、当事者の動機を言葉だけで推定せず、比較対象を置く必要があります。同じ衝撃を受けた企業のうち、雇用移動が容易な地域と難しい地域で対応が違うか。検査や開示の導入前後で資金配分が変わったか。退出支援が厚い制度ほど新規参入が増えるか。こうした比較がなければ、物語としては魅力的でも、因果説明としては弱いままです。
それでも、この概念に残るもの
限界を置いた後にも、「悪意なき保身」には役割が残ります。
第一に、長期停滞を性格論から制度論へ移せます。「日本人は挑戦しない」で終わらせず、どの損失と評価基準が慎重さを合理的にしているのかを問えるからです。
第二に、短期の安定と長期の停滞を、同じ行動の時間的な変化として捉えられます。危機時には必要だった防御が、いつ、どの費用を生むようになったのかを検証できます。
第三に、成長率の数字だけでなく、調整費用の分配が見えます。既存の雇用、企業、給付を守ったとき、その外側にいる人と将来世代が何を負担したのかという問いです。
したがって、この概念は「失われた30年の完全な理論」ではなく、停滞の持続と費用配分を考えるための中範囲の説明モデルと呼ぶのが適切でしょう。中心的な仕組みの一つではあっても、すべての原因を飲み込む万能語ではありません。
概念を守る最良の方法は、例外を排除することではなく、例外によって輪郭をはっきりさせることです。「悪意なき保身」は、何でも説明できるから有用なのではありません。人が悪くなくても停滞は生まれ、条件が変われば行動も変わる。その二つを同時に考えられる範囲で、有用なのだと思います。
参考文献・資料
- 金融庁(2002)「金融再生プログラム―主要行の不良債権問題解決を通じた経済再生―」
- 金融庁「アクセスFSA No.263・金融庁設立25周年記念」
- 金融庁「コーポレートガバナンス改革」
- 東京証券取引所(2023)「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」
- 日本銀行(2024)「2%物価目標の実現とわが国経済」
- 日本銀行(2025)「人口減少下における日本の労働市場:ダイナミクスの変化とマクロ経済へのインプリケーション」
- Caballero, R. J., Hoshi, T. and Kashyap, A. K.(2008)Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan
本稿は、「悪意なき保身」という説明モデルの適用範囲を整理したものです。挙げた事例は、失われた30年全体や各改革の効果を、この概念だけで実証するものではありません。

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